悲しい出来事

3ヶ月前、トランスジェンダーの子供を追ってウガンダから来た女性がいました。ウガンダで、彼女の夫は、子供がトランスジェンダーであることを知ると、火をつけて殺そうとしました。彼女は、子供を守り、代わりに自分が、全身に大火傷をおい、瀕死の重症となりました。奇跡的に回復してきて、まだ、皮膚から出血する状態で、非常に暑いカクマまで、子供をおってきました。残念なことに子供は、ナイロビで都市部難民として潜伏していることをしりました。現在、LGBTIコミュニティーからLGBTIの健康面を国連から任されているジョゼフが担当してお世話しています。病院の水は、日光消毒のため、気温30度くらい暑く、皮膚が火照っている彼女には飲むのが辛いです。ジュースを差し入れしました。
ジョゼフのスマホでその女性とビデオチャットをしました。ルガンダ語しかしゃべれないので、ジョゼフが通訳してくれました。
トランスジェンダーを守ってくれた母親になにかせずにはいられません。

 

もう一つのケースは、1993年に息子を追ってきた母親

ウガンダからの初期のLGBTI難民は1993年に遡るのです! ゲイの息子を探してきました。93年から2007年あたりまで同じ難民キャンプにいたのに、息子を探すことができませんでした。当時は、LGBTIコミュニティーがまだ、難民キャンプに出来あがっていなかったのです。
2007年からLGBTI難民は移住が認められたので、そのころ、ゲイである息子は、カリフォルニアに移住できました。彼は、まだ母親を迎える経済的余裕がありません。
母親は、かなり弱っていて、難民キャンプの病院に入院しています。若いLGBTI難民が彼女のお世話をすることになりました。

 

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